Date:2019.8
金 泯呈 さん (日本気象協会)
韓国で生まれ、日本と韓国を行き来する生活を送りながら両方の文化に関心をもった金泯呈さん。2016年3月に大学院修士課程を修了後、2017年7月から日本気象協会に勤務されています。阪大人類学を卒業してから社会人になるまでの経験と、今の仕事と人類学とのつながりについて聞きました。修士課程ではどんなことを勉強していましたか。
阪大では、ヒトと動物の関係に興味をもっていて、とくに動物の分類について研究していました。先行研究から、色々な動物を幅広く見ていましたが、その中でもイヌには特別注目していました。イヌって動物の中でも一番長くヒトと関係を持ってきた動物なので、その長い歴史の間に様々な形で人間からの影響を受けていましたし、逆に人間にも影響を与えてきました。現代社会ではイヌはペットに分類されることが多いのですが、韓国の犬食文化の様に必ずしもその分類は普遍的ではないんです。なので、動物たちが人間から分類された枠を超えた時に起こるタブー視などについて知るために、人類学だけでなく、歴史学や考古学、科学の先行文献を読んでいました。
修士の頃は、大きくヒトと動物の関係というテーマを扱っていたのですが、もっと広く、ヒトと環境とのかかわり方という点についても興味をもっていました。その時から、環境系の仕事につきたいなと思っていました。
阪大人類学での研究は?
研究のレベルが高かったです。私が在籍していた頃の研究室は、修士が4人だけで、博士課程の院生の方が多く、ゼミでもハイレベルな話をされていたので、ついていくのが大変でした。就職活動について教えてください
職場での勤務風景(写真提供:日本気象協会)
院生生活は楽しかったですが、それと同時に膨大な量の課題や修士論文の為の研究などが沢山あって、終盤は精神的にへとへとになっていました。また、私は就職をするか博士課程に進学するか最後まで悩んでいたので、在学中にちゃんとした就職活動は始めていませんでした。卒業してからも、「これまで頑張ってきたからしばらくは休息期間が欲しい」と思っていたので、本格的に就職活動を開始したのは卒業後半年が経ってからでした。ただ残念なことに、就活を開始し始めた頃は、全然うまくいきませんでした。興味があった環境系の仕事に応募しましたが、文化人類学をやってきたのになぜこの仕事に就きたいのか、自分の研究がどれだけそれに関係しているのか、といった自己アピールがうまく出来ていなかったように思います。
あと、その時は国内よりも主に海外の組織や企業に応募していたのですが、国際組織は競争率が高い上に、居住地によって制限があるような応募が多かったです。例えば、ヨーロッパを職場にできるのはヨーロッパ圏在住の者に限る、みたいな。他にもビザの問題などもありましたし、色々と制約がありました。
そういう就活をする中で、自分を売り込む為のアピールポイントが弱いなと感じたので、実践経験を作るために、環境系のボランティアに参加しました。このボランティアはイギリスに本部があるNPOが主催していて、全体で5ヶ月のプログラムでした。まずイギリスで2ヶ月研修した後、インドに3ヶ月派遣されました。インドではラジャスタン州の農村部で、地元の農民の人たちとどうやって持続可能な農業を続けていくのかとか、気候変動の影響にどうやって対応していくのかとかを話し合いました。ところで、私が滞在した3ヶ月(4〜6月)はインドでは夏で、ラジャスタン州はインドでも有数の乾燥地帯だったので毎日が昼も夜も40℃近い猛暑でした。水や電気も足りていなかったので、猛烈にハードな経験でした。
インドにいた頃も、ボランティアが終了した後のことをどうするかはずっと悩みの種でした。このままNPOの一員として続けていくか、他の仕事に就くか。なので、インターネットで就職情報の収集はずっと続けていました。その時たまたま、今の仕事の募集を見つけて、条件を確認したら私にばっちり合っているなと思ったので、即座にメールで履歴書を送り、7月に帰国するとすぐに会社の面接を受けました。まもなく内定をもらって、8月に家探しをして、9月から仕事をスタートっていう慌ただしいスケジュールでした。
今は、海外事業推進課に勤務しています。日本気象協会は気象情報を利用して防災や環境関係の問題に取り組む開発系コンサルタントですが、私は今、この会社で、協会の技術を海外展開する際の営業やプロジェクトのコーディネートなど、様々な業務を担当しています。
阪大で人類学を学んだことが今の仕事に役に立っていますか。
ルワンダへの海外展開
人類学と今の仕事は、つながっている点がたくさんあります。まず、人類学をやっている人は、知らない文化に対して垣根が低いというのが、今の仕事をするうえで強みになります。職場にはとても「日本的」な考え方の人が多いのですが、海外の仕事をする時には、向こうの文化やものの考え方、ビジネスの方法を理解していないと、どうしても行き違いやトラブルになることが多いです。そういう部分については、研究室で先生方や先輩たちから豊富な異国文化の話を聞いていたので、結構すんなり対応できていると思います。例えば、去年、日本気象協会では初めてアフリカのルワンダでの調査を行いました。私も含めて、その時の調査チームが協会内では初めてルワンダに行ったことになるのですが、初めてだから、会社の人たちも含めて誰もルワンダを知らない。そういう時に、文化人類学を勉強していたこともあり、ルワンダの歴史や文化にすぐに興味をもって調べたりして、対応が早かったと思います。今では、現地とのやりとりはほとんど私が担当させてもらっています。
就活生に向けたアドバイスをお願いします。
ドローン事業での出張
きちんとスケジュールを立ててあっという間に就活が終わる人もいれば、私みたいに色々とまわり道をする人もいると思います。上手くいかないとどうしても気持ちが落ち込みますし、なんで自分はこんなこと勉強してきたのかとか、今やっていることが本当にこれから役に立つのかとか悩むこともあります。全ての努力が必ず報われるというわけではないと思いますが、それでも、自分でも予想もしていなかったところや、意外な形でつながることもあるので、どんなにうまくいかなくて落ち込んでも、これまでの自分の頑張りを否定する必要はないと学びました。日本の就活は苦しいことで有名ですが、その過程でどれだけ周りから否定されても、研究室の後輩たちには自信を持って進んでいってもらいたいです。